大判例

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大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)1609号 判決

原告

新大阪いすずモーター株式会社

右代表者

小笠原光吉

右訴訟代理人

上田茂実

村田善明

被告

松井秀雄

右訴訟代理人

河田毅

鏑木圭介

主文

被告は原告に対し金二〇〇万円およびこれに対する昭和四四年九月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決の第一項は原告が金七〇万円の担保をたてたときは仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(原告)

被告は原告に対し金三〇〇万円およびこれに対する昭和四四年九月一日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および第一項につき仮執行の宣言。

(被告)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二  当事者の主張〈以下略〉

理由

一(当事者間に争いのない事実) 訴外佼正交通株式会社が、宗教法人立正佼成会の宗教組織を背景として、昭和四四年二月四日、本店所在地大阪市西区江戸堀一丁目四一番地、資本金三、〇〇〇万円をもつて設立された株式会社であること、被告が右会社設立当時立正佼成会大阪教会事務長であつたこと、被告が右会社設立と同時にその代表取締役に選任されたことおよび右会社が大阪陸運局長に対して提出していた一般乗用自動車運送事業経営免許申請が昭和四五年一一月一三日却下されたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二(当裁判所の認定した事実) 佼正交通株式会社および代表取締役の各記名ゴム印ならびに同会社印および代表取締役職印がそれぞれ真正な印章によるものであることが当事者に争いがないので〈中略〉つぎの事実が認められる。

被告は、宗教法人立正佼成会大阪教会の事務長をしていたが、右宗教組織の信用等を背景として一般旅客自動車運送業(いわゆるタクシー業)を経営する会社を設立・運営しようと企図し、訴外橋本五郎、同稲木喜一、同都田延也同中村一三および同永渕勝基らとともに発起人となつて訴外佼正交通株式会社を設立し、被告がその代表取締役に選任され、昭和四四年二月四日その設立登記手続を了した。しかし、同訴外会社は法形式上設立登記されたとはいうものの、設立に際して発行したとされている株式の総数六〇、〇〇〇株(一株額面五〇〇円)、資本金三、〇〇〇万円の実際の払込みは全くなされておらず、右資本金三、〇〇〇万円は他から借入れたいわゆる見せ金によつて払込みを偽装したものであつて、大口株主としては形式上被告、橋本および稲木が各五〇〇万円、都田、中村、永渕および有川が各二五〇万円の株式を引受けたことになつているが、これらの各人も右引受株式の発行価額の払込みを全然しなかつた。もつとも、設立後同訴外会社の発行済株式に対応する株券は立派なものを作成して同会社内に保管しておいた。

ところで、同訴外会社は、その目的とするタクシー営業の開業に必須の一般乗用自動車運送事業経営免許の申請をし(そのためには種々の調査や書類の作成等が必要)、ビルの一室を賃借して事務をとる等の必要があり、そのため相当多額の支出をしなければならなかつたが、もともと資本金の払込みがなかつたうえ右事業経営免許を得ていなかつたから事業収入も皆無であつたので、当然右支出を賄うための資金を他から導入する必要があつた。この資金集めを担当したのが常務取締役有川辰秋で、同人は知人等に同訴外会社の株式を持つよう勧めて出資させ、その出資金に見合う額面の株券(前記会社内に保管してあつた株券)を交付するという方法で資金を集めた(乙第二号証の鶴岡佳江子は有川を通じて金三六〇万円を投資した)。そして、免許申請その他事業面は専務取締役橋本五郎が担当し、同訴外会社の経常事務はすべて同人の一存で運営され、被告は代表取締役の職印を同人に預け一切を委任していた。

同訴外会社が右の如き状態にあつた段階において、原告会社豊中営業所長であつた高橋秀道は同訴外会社がタクシー営業の経営を計画していることおよび有川がその取締役に就任していることを探知し、昭和四四年ごろから六月ごろにかけて同人を通じていすず製自動車の売込みを熱心に行つた。有川が高橋からの右申入れの事実を被告および橋本に取次いだところ、最初は大阪陸運局長に提出した一般乗用自動車運送事業経営免許申請書にニツサンセドリツク三〇輛を購入して事業を行う旨の記載がなされていたため被告らは右申入れを取上げなかつたが、同会社の支出を賄うための資金に不足が生じて来たため、被告および橋本は、有川に指示して、原告が同訴外会社の株式を引受けるのであれば同訴外会社がニッサン製自動車購入の予定を変更して原告の希望どおりいすず製自動車を購入する可能性があるという話を高橋に対し持ち出させた。有川は高橋に対し八月中には右免許を取得できる予定である旨を言明した。

高橋から右の件についての報告を受けた原告会社は、急拠訴外会社の株式を引受けることと引換えにいすず製自動車を売込むことを決定し、昭和四四年七月一八日ごろ、同訴外会社側は有川と被告、原告側は代表取締役森川正則、岡田取締役と高橋が出席して会談し、その結果原告が同訴外会社の株式六、〇〇〇株(金三〇〇万円)を引受けるのと引換えにいすずフローリアン三〇輛を同訴外会社が購入する(但し、右事業免許後)という話がまとまり、その翌日に有川が前記のとおり会社に保管してあつた(但し、前記のとおり実質的払込みはない)株券六、〇〇〇株を原告会社に届け、引換えに金三〇〇万円を受取りこれを同訴外会社へ納入した(但し、株式の名義は原告会社の代表取締役であつた森川正則とした)。なお、原告から金三〇〇万円が渡されるに際して、高橋から有川に対し同訴外会社の右免許申請が却下された場合には当然いすず製自動車の購入がなされないことになることは明らかであるから、その際には自動車購入と交換的に引受けた右株式を買取つて欲しい旨を申入れたところ、有川は自分が一切を委任されている旨を告げて独断でこれを承知し、甲第一号証(自動車売買契約書)末尾に「記 万一佼正交通株式会社の一般乗用旅客自動車運送事業の免許が却下された場合は本契約時に松井秀雄より森川正則が購入した株券(三〇〇万円)は即時森川正則より松井秀雄が買戻すものとする。」と追加記載した。しかし、有川は右株券の交付と金三〇〇万円の受領および自動車売買契約書作成事務についての委任を受けていたものの、右追加記載の如く被告個人が右株券の買戻をする旨の契約を締結することについての代理権までは被告から授与されていなかつた。

なお、甲第一号証中右有川の追加記載の部分を除くその余の部分の内容は、右首脳会談で決定された内容を書面化したものであるが、このように書面化したのは会談終了後事務レベルが担当したものであり、有川と高橋が主としてこれに関与した。

同訴外会社が大阪陸運局長に対して提出していた一般乗用自動車運送事業経営免許申請は昭和四五年一一月一三日却下された(この点は当事者間に争いがない)。ここに至り、同訴外会社はその目的とする旅客運送事業を経営できないことが客観的に確定され、もともと資本金の払込みがないから資産もなく、原告の前記資金三〇〇万円が償還される見込みは全くない。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

なお、被告は昭和四四年五月二〇日佼成交通株式会社の代表取締役たる地位を辞任した旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠がないばかりでなく、前掲甲第五、六号証証人有川辰秋および同高橋秀道の各証言ならびに被告本人の「有川がいすずの社長と高橋が来ているので会つてくれるよう申しますので、合うことになり、そのときいすずの社長は三〇〇万なら引受けるといいましたが、私は有川と話をして貰うように告げて帰りました」旨の供述を総合して考えると、右被告主張の如き辞任の事実はなかつたと認めざるをえない。右認定に反する被告本人の供述および乙第一号証は前掲各証拠に照してとうてい採用できない(なお、乙第一号証は被告本人の供述によると、鶴岡佳江子に対し被告には責任がない旨を弁明するために特に作成してもらつたのであつて、実際に作成されたのは昭和四五年二月六日ごろであるにもかかわらず、作成日付を八か月余も遡らせた同四四年五月二〇日付としたものであると認められるから、この事実からみてもその記載内容はとうてい信用できない)。

三(被告の責任) 被告は、訴外佼正交通株式会社の設立を企画したうえ発起人としてその設立に関与したが、発行ずみ全株式につきいわゆる見せ金によつてその払込みを偽装し、実質的な払込資本金皆無の状態で形式的にのみ書類を整備して設立の登記を行い、その代表取締役に就任したものであるから、何よりも先ずなすべき職務としては、早急に自己の引受にかかる株式の発行価額の払込みをなすことは勿論他の引受人にもその払込みをなさしめて同訴外会社の資本金を充実させるべき義務があるのに、全くこれを怠り(無視し)、かかる内容の同訴外会社がいかに形式的に欠点がなく、美辞麗句を連ねた事業免許申請書を作成提出しようとも、大阪陸運局長からその申請にかかる一般乗用旅客自動車運送事業経営についての免許を与えられるはずがないことを十分予測すべきであつたにもかかわらず、漫然と右事業経営についての免許を得られるものと軽信し、有川および橋本と相謀つて、右の如き同訴外会社の内情を秘匿し、払込資本が皆無であるから当然のことではあるが同訴外会社の運営資金の欠乏を糊塗するために、自動車の売込みに躍起となつている原告に対しあたかも近いうちに右事業免許が下りる見込みがあるかの如き態度で接し、自動車の購入約束と引換えに、払込みがないにもかかわらず作成・保管しておいた株券(六、〇〇〇株)を交付して原告から同訴外会社に対し金三〇〇万円を出資させ(但し、原告の右支出行為は法律上正式な新株引受でも、設立時の株式引受でもない)、その結果原告に金三〇〇万円の損害を与えたものといわざるをえない。被告の右行為は、代表取締役として同訴外会社の職務を行うにつき少くとも重大な過失があり、その結果第三者である原告に金三〇〇万円の損害を与えたものというべきであるから、被告は原告に対し商法二六六条の三第一項前段の責任を負わなければならない。

四(過失相殺) しかし、前記二冒頭掲記の各証拠によると、原告においても訴外佼正交通株式会社が設立間もない会社で、当然タクシー営業の経験が全くない会社であること、したがつて同訴外会社に対し一般乗用旅客自動車運送事業経営についての免許が与えられる可能性がそれほど大ではない(免許申請が却下されるおそれが十分にある)ことを十分知悉しながら、該申請が却下されて同会社が潰れてしまう危険を承知のうえで、免許が与えられた場合に当初予定されていたニッサン製自動車の購入を変更していすず製自動車を購入してもらうために、あえて同訴外会社に対し前記出資に応じたものであると認めざるをえず、かかる被告の態度は民法七二二条二項にいわゆる被害者の過失に該当するといわざるをえない。当裁判所は原告の右過失を斟酌して被告の賠償すべき金額は金二〇〇万円をもつて相当と認める。

なお、いわゆる過失相殺に関する民法七二二条二項の規定は、被害者自身もまた自己に対し忠実でなければならないとの法の当然の要請に反してなした自己加害行為を非難すべしという、損害賠償制度を貫く衡平の原則ないし信義則の一適用にほかならないから、特段の定めがない商法二六六条の三第一項の損害賠償責任にもこれが適用されない理由はなく、一般不法行為の場合と同様本件損害賠償額を決定するに当つて当然被害者たる原告の過失を斟酌できるものと解する。

五(遅延損害金) 商法二六六条の三に定める取締役の第三者に対する損害賠償義務の履行期については、民法四一二条三項所定の「履行ノ請求」時であるか、一般不法行為による損害賠償義務と同様行為時であるかについては問題があるが、当裁判所は少くとも本件の如く被告に対し一般の不法行為に基づく損害賠償責任をも追及し得る場合には、一般の不法行為による損害賠償義務と同様行為時(損害の発生がそれより後の時は損害発生時)に履行期が到来し、その時以後遅滞の責を負うものと解する。したがつて、被告の指示により有川が原告から金三〇〇万円を受領した時から被告は遅延損害金を支払わなければならないことになる。

なお、原告は商事法定利率による年六分の割合による遅延損害金を請求するが、被告の行為は実質上不法行為に該当するものであつて、原告の支出行為は出資金とはいつても法律上正式な新株引受でも、設立時の株式引受でも、株式の売買でもなく、商行為ないしこれに準ずる行為に該当するということはできないから、年六分の割合による遅延損害金の請求は許されない(年五分の範囲で認容する)。

六(結語) よつて、原告の被告に対する本訴第一次的請求は右の限度において理由があると認めてこれを認容し、その他を棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法九二条本文を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(庵前重和)

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